2014年05月25日

国立劇場五月文楽、住大夫さんラスト公演みてきた。

さて、昨年のスパショにあわせてはじめて観にいってからはまっている文楽鑑賞。今回は東京の国立劇場小劇場で、人間国宝竹本住大夫さんのラスト公演、観て来ました。二列目で!これ発売当日5分前からスタンバってボタン押したんですけど20分ぐらい予約サイトつながらなくて、先に進めなくて、繋がったときには住大夫さん出演の第一部は完売状態、諦めてたら、お友だちがひと枠譲ってくれて観にいけたのです。東京は激戦なので、どうせとれないだろうと内心諦めてて、先月の大阪無理していったのも、たぶん最後だしというつもりだったんですが、ラスト公演行かせてもらえて感無量です。

演目は、こんな感じ

増補忠臣蔵(ぞうほちゅうしんぐら)
恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)
卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)

で、おそらく皆さんお目当ての住大夫さんは「恋女房染分手綱」沓掛村の段のキリ(<一番の見せ場のこと)での登場でした。とりあえずまず住大夫さんのとこから感想書くと。

この沓掛村と坂ノ下の段は、まだ幼いもと主君の子どもを養育しながら、自分の病気の母親を介護し、非常に苦しい貧しい暮らしをしている、もとは武家につかえていた親孝行の青年、八蔵(<今は介護があるのでぞうり作りとかの内職と馬方のバイトで生計をたてている)が主人公です。米代とか着物の生地代とかも払えずに集金やが家に追いかけてきたりもします。でも、青年が本当にいい子で、「自分が働きに出るようになればすぐに返します。でも余命わずかな母がなくなるまでは看病させて」的な話で集金やももらい泣きして、孝行息子じゃ…とかいって帰っちゃうぐらいの好青年なのです。主君の子どもはまだ幼く、自分は武家の子とも知らず、無邪気に竹馬遊びに興じ、大きくなったら兄ちゃんみたいな馬方になりたい!と言って、もと乳母である八蔵の母を泣かせたりします。

この青年八蔵のもとに、そうとは知らず偶然に、没落したもと主君の兄で座頭の慶政が、金目当ての追いはぎに狙われていたところを助けられ一夜の宿を借りることになるのですが、その夜、八蔵が急に刀を研ぎ始める。これを見咎めた老母が、殺して金をとろうというのか、と叱るのですが、実はその日八蔵が、主君の仇が近くにいるという情報を得て、それで仇討ちしに行こうってんで研いでたんですよね。誤解は解けたんですが、結局母にとめられその夜出かけることは諦める八蔵。これをこっそり聞いていた慶政は、もともと弟(八蔵の主君)が追放される原因となった大金を整えて(<これを後述の悪者に奪われて追放されたのだ)実家に帰るつもりだったんだけど、この真面目な忠義の若者の苦境を救うべく、こっそりお金を火鉢に隠して出て行くのです。お金はないけど、せめて父親に会いにいこうと夜の道を急ぐ盲目の彼を付けねらう追いはぎは、実は八蔵の主君を陥れた張本人の八平次。これはカシラが悪者色なので見ればちょう悪者だとわかるのですが、本当に悪いやつで、襲って金を奪おうとし、金がないとわかると腹いせになぶり殺しにしようとします。これが本当にもう、石で腕を叩き折ったりと、見るに耐えない残虐シーン。

そこに、お金を届けようとやってきた八蔵が追いつきます。八平次はとっさに隠れて八蔵は気づかず、倒れている慶政につまづいてようやく気づく。八蔵、金を返そうとしますが、慶政は固辞。金を八蔵に与えようとした理由、自分の素性、眼病ゆえ家督を譲った弟の苦境に対する自分の思いををそこでやっと明らかにします。驚く八蔵、傷ついた慶政をなんとか連れ帰ろうとしますが、さんざんやられてるので慶政そこで亡くなってしまいます。しかも物陰に潜んでいた八平次、今度は八蔵に襲い掛かる。主君、そしてその兄の仇を討つ八蔵。遺体となった慶政に八平次の首を見せながら、「仇はとりました」といって男泣きに泣く八蔵。そして、夜が明けては人に見咎められる…と、慶政の遺骸を背負い、念仏を唱えながら、一足、一足、沓掛村へと帰っていくシーンで幕。

今回、老母以外の女性の登場はなく、実に男っぽいハードボイルドなお話で、最後の対決のシーンとかも、悪者の八平次は「俺とてその三百両のために追放させられてこうなってんだ。切り取りするは武士の習い!」とか言って、結構カッコイイんですよ。これまでは、義理だなんだと世間体に振り回される男が決める子殺しとかに逆らえず、でも身を切られる思いを吐露しながら泣く母とか、武士の世の掟を守らなきゃならない子の立場を察してその意に応えつつ、でも自分はそれがベストとも思ってないしすごくつらい親の気持ちとか、そういうところで泣かされるパターンが多かったんだけど、今回は男中心ストーリーなんだけど、八蔵がすごいいい奴で感情移入できたので、男話にもかかわらず引き込まれました。

今回、実は住大夫さんがつとめられたシーンでは、私泣かなかったんです。座頭を殺して金をとるつもりか、情けない…と母親から戒められた八蔵が、「貧乏すると実の親にまでそんな人間だと疑われるのか。」と嘆き、「無念な、無念な、無念なわいの。(<ここだけ原文ママ)」と悔しがりながら、真実を告げるシーン、ここが一番胸に迫ってうるうるきたんですが、それでもダーっと泣いちゃいはしませんでした。

どっと泣いちゃったのは、住大夫さんの出演シーンが終わり、盆がくるっと回転して住大夫さんと三味線の錦糸さんが引っ込んで、その次のシーンを演じる文字久大夫さん、咲甫大夫さん、始大夫さんが並び、住大夫さんの最後の台詞、まさに絶唱という感じで語られた「逸散に跡を慕うて」の続き、「追うて往く」の一行を、咲甫大夫さんがそれはそれは力強い声で語りだした瞬間でした。そこでどどどどっと泣けてきちゃった。

前回の大阪でも思ったんですが、正直住大夫さんの衰えは隠せない感じがした。今回は二列目だったんですが、やはり声に力強さが失われている感じがあったし、一段まるまる演じることができないんだな、というのはわかった。私は本当の最盛期を見たことがないからわからないけど、ずっと観てきた方ほどそれは感じられるだろうし、何よりご本人が一番それをわかってるんだと思う。やりたいと思っていることがやりたいようにやれなくなった、とおっしゃって引退を決意されたのはすごくわかるっていうか。アスリートと同じなんだと思う。最高の極みの景色を知ってしまったひとが、そこに自分の力でいけなくなるっていうのは、すごく悔しくて赦せないことなんだと思う。

だからこそ、盆がまわって住大夫さんが引っ込むときに、「これ最後なんだ、あと数日あるけど私はこれ見られるの最後なんだ」と思ったらすごく寂しくて、なんせ去年初めてみた文楽でマジ泣きして、「すごい!こんなのをもう一回みたい!」と思って、住大夫さんに引っ張られるみたいにして文楽を見るようになったから、こんなに早く見られなくなっちゃうなんて寂しくて寂しくてたまらなかったんです。大阪で行列してたときにも、近くに並んでたおばあさんが「住大夫さんがいなくなっちゃっても文楽には来ると思うけど、もう全公演おっかけたり、東京まで行ったりはしないだろうな」というような話をしてるの聴いたりしたし、ああ、寂しいなぁ、何かが終わっちゃうんだなぁ、って思って。

でも、そのぽかん穴が開いたみたいになったところに、若い大夫さんたちの力強い語りがドン!とぶつけられて、なんていうんだろう、バトンタッチなんていう軽い言葉じゃ言い表せないんですが、ああ、文楽という世界に私を引っ張ってきてくれたのは住大夫さんだったけど、これからはきっと私また若い大夫さんたちの新しい語りを聴きに、また文楽観にくるんだな、その人たちにまた引っ張られて何度も舞台に足を運ぶんだな、っていう気持ちがストンと落ちてきて、住大夫さん、なんにも知らなかった私に「もういちど来たい!」って思わせてくれて本当にありがとうございました、あなたのお陰でこんな世界に出会えました、って思ったらもう涙ボロボロ。その後の坂の下の段も本当に素晴らしかったし、ホントに観られてよかったよう。チケット融通してくれたHさんにはもう本当に感謝感謝です。

ちなみに、住大夫さん引退後の私のナンバーワン推し大夫さんは、竹本文字久大夫さんです。元役者さんという経歴の持ち主で、若い頃はクラシックやギターも好きで、ミュージカルやりたいと思ってたこともあるそうです。前回の大阪もすごくよかったんですが、とても温かみのある情感あふれる語りで大好き。住大夫さんのお弟子さんでもあります。

あと、忘れちゃならない今回もやっぱり蓑助さん素晴らしかった。卅三間堂棟由来の木遣り音頭の段というのは、柳の精であるお柳が、もとの木を切り倒されることにより夫や子どもと別れなければならなくなる、異種婚悲劇もののファンタジーなんですが、このお柳を今回蓑助さんが遣っておられます。もうね、なんていったらいいのかわからない。どうして同じ人形なのに、こんな風に命が宿ってしまうんだろう?

昼寝してしまった夫や幼い子どもの姿を、もう自分は消えてしまわなきゃならないことを知っているお柳が、絶望と慈愛に満ちた表情で見下ろすシーンがあるんですが、もうぞくっとするぐらい色っぽくて、柳の精という非・人間的な美しさと、妻であり母親である女としての表情みたいなものが、その顔の傾け方とか見返る首の角度とかでふわあああ!と叫びたくなるぐらいリアルに表現されててですね。圧倒されます。

子どもと別れる嘆きをひとり語りながら「もうお乳が必要な年でもない、きっとちゃんと育つだろう」と言いながら、お柳が自分の懐に手を入れて胸に触れるシーンがあるんですよ。うわあああ!ってなりました。この女の、母親の、身を捩る悲しみとか、子どもにもうおっぱい飲ませることがなくなるときのあの切なさとか、この人形遣ってるひとたち全員男なんですけど!なんでわかるの!うわあああ!って感じでもう(<興奮しすぎ)。ていうかこの脚本もすごいよな、って思う。脚本もオッサンが書いてるわけですから。

お柳が消えてしまう前の人形早変わりとか、SFX的な見所も満載の幽玄の舞台です。柳の細ながい葉がちらちら舞い散る中、切られる苦しさに身もだえしながら愛する人たちの前で人間から柳の精にかわっていくお柳の姿が切ない。こういうのもすごく文楽らしくていいです。お人形ならではの表現ができるので。

また熱く語りすぎててアレですが、本当に本当に、みなさん是非一度足を運んでみてください。6月は鑑賞教室あるし、10月は結構あちこちで地方公演があります。親子教室とかもあるので是非是非。ちなみに国立劇場に行くと、こんなゆるキャラにもあえますよ!

くろごちゃん.JPG

くろごちゃん。開演前と休憩時間に出てきてくれて、一緒に写真とったりしてくれる。この写真とったあとハイタッチしてもらっちゃったー♪



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posted by なつめ at 12:58| Comment(5) | TrackBack(0) | おでかけメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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