2014年12月02日

トム・アット・ザ・ファームみてきた

土曜日にレイトショーで、この映画観て来ました。

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なんで見ようと思ったのか全然覚えてなくて、このグザヴィエ・ドランというカナダの青年監督(若干25歳!)についても、カンヌの寵児的なことだけうっすらと読んだけど、他の作品は見たことなくて、予備知識ほぼゼロだったんだけど、なんとなくこう、アナザー・カントリー的なやつ?と思いながら観にいったら、サイコスリラーだったという。まったく覚悟せずに行ったおかげで、逆になんの予想もつかなくて、エンドロール流れるまでずっとドキドキ緊張しっぱなしだったので、それはそれでめいっぱい楽しんだ、と言えるかも。

物語は、恋人のギヨームを亡くしたドラン監督自身が演じるトムが、葬儀のために恋人の実家の農園を訪れるところから始まります。恋人(同性愛です)を失った喪失感と、だだっ広い田舎の道を失踪する車の映像から始まるオープニングの切ない美しさが、どことなく壊れている恋人の母親、兄の登場によって少しずつ緊張感を帯びてくるんですが、ここでも私はまだサスペンスだと思ってないので、微妙な違和感を感じつつも、死んだ恋人に対する喪の仕事をしていく物語なんだな、とか思って見てたんですが、このギヨームの兄、フランシスが、母親に弟がゲイであることを知らせないための嘘(「サラ」という女性の恋人がいることになっている)を、トムにも強制するところから、少しずつ軋みが大きくなっていきます。

ネタバレしちゃうと面白くないのであまりストーリーは書けませんが、携帯電話の電波も届かず町中から離れた孤立した農場に留まるうちに、徐々に狂っていく登場人物たちの関係性は、確かにサイコスリラーではあるんだけど、ただの「ぎょっとさせて怖がらせるためのサスペンス」じゃないんだよなぁ。

やはり、映画の中には登場しない、トムの恋人であり、母アガットの自慢の息子であり、兄フランシスの愛憎を一身に浴びた弟であった彼=ギヨームの死、彼の喪失というものが、残された人たちにもたらすとてつもないブラックホールみたいなものを、彼らがいかにして埋めようとするのか、という喪の仕事というテーマはしっかりとあるんです。それが、彼の死によって露になるまでは、綿密に覆い隠されていた色んな嘘や秘密によって、捻れ、歪み、正しく昇華されないまま、狂った均衡を生み出してしまうという恐怖が、すごーく心理的に「くる」んですね。嘘に嘘を重ねながら、でも時折ぎょっとするほどの生々しさで愛情を求める登場人物たちの姿は、やっぱりただのホラー映画のそれじゃなくて、私たちの側にあるという感じがします。

話としては全然違うんだけど、この閉鎖的な家庭、永遠に続く喪、すべてを支配している母親の存在、とかいう共通項で、なんとなくガルシア・ロルカの「ベルナルダ・アルバの家」を連想しました。トムを支配しているのはフランシスなんだけど、でもそのフランシスも実際には母親に支配されている感じがしたんだよねぇ。ゲイだ同性愛だなんていうことは口にするのもタブーみたいな田舎の閉塞した空気感とかも、時代やタブーの背景は違うけどどこか似てる感じがして。

三大悲劇集 血の婚礼 他二篇 (岩波文庫)
ガルシーア ロルカ
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学生時代に買ってもらったロルカ戯曲集は絶版ですが、一応↑の中に入ってるみたい。これはこれで大変オススメの戯曲。

とにかく見ていて、すごく演劇的な作品だなぁと思ってたら、実際舞台演劇を映画化したらしいです。もとの戯曲を書いて、映画化にも協力しているミシェル・マルク・ブシャールのエッセイがこちらで読めます。是非演劇バージョンのほうも観てみたいと思ったんだけど、こういうのはなかなか来日しないかなぁー。

でも映画がうんとお客さん入ったらあり得るかも知れないので、ご興味ある方は是非劇場に足を運んでみてください。この非凡な美青年監督を大画面で見るためだけでも!いや、実際もんのすごい綺麗な子だったよ…子役出身なんだそうです。かれこれ4年ばかりKぽアイドルを見続けてきて、25歳前後っていうのは「綺麗な男の子」たちが「男」になってしまう直前の、いっちばん奇跡的なビジュアルを堪能できる時期である、という結論に達したのですが、まさにその時期なんで、ほんとそういう目的でもいいんじゃないかとw

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posted by なつめ at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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