2010年05月16日

『「悪」と戦う』高橋源一郎…四半世紀ぶりのギフト

発売前から、深夜の「メイキング」ツイートで話題が高まっていた、高橋源一郎さんの最新作、『「悪」と戦う』を読みました。

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生まれて初めて読んだ高橋さんの小説「さようならギャングたち」(1985年の講談社文庫版。奥付を見たら初刷りだった)と、並べてみました。

高橋さんは、この作品について、「デビュー作『さようならギャングたち』でやりのこしていたこと」を、その「忘れ物」を回収しにいった、と書いています。その言葉に嘘偽りはありませんでした。

初めて高橋さんの本を読んだのは中学生で、多分14歳ぐらい。20歳はオバサンで、19歳までに死ぬんだと思い込んでいたアイタタ文学少女だった私は、この「なんじゃこりゃ」な小説に一気に夢中になりました。

インターネットを始めた頃に入り浸っていたのは、今はなき「高橋源一郎なぺえじ」というマイナーだけど超コアなファンサイトで、そこの掲示板で自分よりもうちょっと大人な人たちと、喧々諤々のブンガク論をやり取りするのがすごく楽しかったのを覚えています。その掲示板の常連さんの中に、現在小説家になられた藤谷治さんもいました。藤谷さんの最初の小説「アンダンテ・モッツァレラ・チーズ」が出たときの興奮は忘れられないなぁ。ついにこの掲示板からプロ作家出たよ!と盛り上がったものです。
なんでこの思い出話から入ってくるかというと、今回のこの作品に出会うまでの流れが、ものすごく個人的で運命的な流れだったからです。

昨年父が入院して末期癌とわかり、今年1月に亡くなるまで、そしてその間に、HF-PDDの診断を受けているテッチが小学校でトラブルに巻き込まれ、カウンセラーや弁護士まで探し奔走しまくるという事態があり、今にして思うと一度として頼りになったことのない恋人(らしき人)との別離や、家族との葛藤があり、最終的には婚姻時のDV体験の掘り起こしを強いられたところで精神的にドボン、という時期があり、それでも生きていかねばならないというときに、アカウントは作ったけどほぼ休眠状態だったツイッターで、だいすきな星占い師の石井ゆかりさんが、ツイッターで毎日占いをつぶやく、ということをはじめられたのです。

石井ゆかりさんのサイト「筋トレ」の毎週の占いが大好きな私は、即石井さんをフォローして、ついでに久しぶりに見るツイッターをたまに放浪して、フォローするアカウントを増やしていきました。そこで発見したわけです、高橋源一郎さんのアカウントを。

興奮した私は、休止した「高橋源一郎なぺえじ」の避難場所になっていたwikiサイトを探したりもしてみたのですが、こちらも今ではnot foundになっていました。そこで、唯一連絡のつきそうな、藤谷治さんに、思い切ってメールしてみたのです。「高橋さんがツイッターやってますよ!」って。

考えてみたら10何年も前のサイトの匿名掲示板の人間からいきなり親しげなメール来たってびっくりするじゃん、ていうか怖いじゃん、という話で、藤谷さんからのお返事はいただけなかったのですが、それでも私は充分満足でした。高橋さんの、穏やかな日常生活のツイートを見たり、それから絵本好きの人があつまるツイッター上の絵本会に飛び入りしたりして、楽しんでいたわけです。

そんなある日、某電子書籍関係のセミナーで名刺を交換させていただいた、仲俣暁生さんのツイートで、藤谷治さんの愛用のチェロが盗難されたことを知りました。RTで拡散、それから同窓会をきっかけに、ずっと避けていたけど登録してみたmixi日記にも、その事件について書きました。藤谷さんの三部作「船に乗れ!」と深く繋がっているチェロの盗難で、上のきっかけでその小説をちょっと送ればせながら手にとった私としては、なんとかして見つかって欲しいという気持ちでいっぱいだったのです。ちなみにこの盗難事件をきっかけに、藤谷さんもツイッターにアカウントを作成されました。

『「悪」と戦う』のメイキングのツイートが始まって、高橋さんのフォロワー数は毎日目に見えて増えていきました。高橋源一郎が好き、っていうと「競馬の人?」とか言われて悔しい思いをしていた頃を思うと、スゲーこんなに読んでる人いるじゃん!私持ってるけどあれもコレも絶版なの!?講談社ばか高い文芸文庫で復刊するのやめれ!若い人が買えないじゃんか!とか思いながら、眠い目をこすりつつ、深夜のツイートを読み、すごい今高橋源一郎さんとお話している、とかいう経験もしたのです。何夜目だったろう、頻繁に入れ替わる主語について、私がRTした内容に高橋さんからお返事をいただいたのだ。

takagengen 太宰治は気づいていたと思いますよ。 RT @natsume32123 あ、そうだ、主語を頻繁に入れ替える作家としては太宰治がそうだったような。でもあれはハッピーなダイブじゃないな、必死に役を切り替えてる感じ。自由じゃない。


という感じで、「ああ、もしかしてやっと自分が渇望していたあの「ギャングたち」の向こう側、「レノンVS火星人」や「ペンギン村」の向こう側を、見ることが出来るのかも知れない。」という期待が高まる中、mixiで20年ぶりぐらいに再会した高校の同級生から、「チェロコミュで、藤谷さんのチェロが見つかったって話が出てる!」という知らせが。twitterでも確認、そして藤谷さんご自身からもメールをいただきました。それが13日のできごと。そして14日が、高橋さんの小説の発売日。

とにかくもうなんでもいいので早く仕事終わらせて帰りたかったのですが、そういう日に限って忙しいものです。くたくたになって帰宅、土曜日テッチが塾に行っている間に静かに読むのだ、と思っていたところ、些細なことからテッチがまたパニックになり、お弁当も作ってあげたのに、塾を休むという。自分は自分で精神科の予約が入っていて薬をもらいに行かねばならず、午前中は友だちと遊びに行ってご機嫌だったテッチが布団をかぶって泣いているのをほったらかして出かけざるを得ませんでした。

知人の息子さんは、自閉症で障害者手帳も持っています。言葉が出ないのです。とても可愛いお子さんで、自閉症とは思えないぐらい人懐っこく膝にも乗ってくれるし、こちらの話はちゃんと理解しているように思えます。でもやはり日常生活の中での発達の遅れ(トイレなど)があるので、特別支援学校に通われています。

一方テッチは、知的障害を伴わず(IQは高い、むしろ高すぎで、平均があと何ポイントだか高ければ、いわゆる「天才」になっちゃうあたりの正常値、同い年のお子さんとはまあ話が合わないでしょう、とドクターには言われている)、言葉も普通以上に早くからぺらぺらと喋っていた子で、WISC-IIIの検査を実際に受けるまで、「言語理解」に問題があるなんて、思いもしなかったという、グレーゾーンの発達障害診断を受けています。「自閉症スパイラル」という言い方をする研究者の方もいる。「不定形自閉症」とか、とにかくもう専門家の間ですら判断が割れる、トンデモ療法やトンデモ学説がまことしやかに新聞なんかで紹介される、といった、新しい障害の概念の中に含まれる子です。昔だったら「ちょっと変わった子」ですんでいたはずが、今の日本の規格外製品をはじきだす社会の中では、とても「生き辛い」という運命にある子です。

そういう「生き辛い」子を育てているということ、かつ自分がシングルマザーというマイノリティであることの「生き辛さ」を、あらためて思い知らされること約一年。考えてみるとこの一年ぐらいというのは、およそ長編小説が読めなくなっていた時期でもありました。買ってはみても、積読になってばかりでした。

ところがまず、この不思議な流れの中で出会った藤谷治さんの「船に乗れ!」というのが、なんともはや自分の思春期に驚くほどシンクロする小説だったのです。この本については、もう一度ちゃんと読み返してからレビューしたいと思いますが、藤沢の親戚の大きな家のこと、「おばあちゃま」と祖母を呼んでいた自分、テッチと亡くなった父(テッチの祖父)との関係、オーケストラ部に入っていた中学生の頃、芸大を目指して挫折した高校生の頃、いろんな出来事がわらわらと思い出され、ちょっと切ないほど青臭い、藤谷さんの文体と一緒になって、久しぶりにぐいっと「小説」が自分の中に入ってきた。

そして、「待ちに待った」といえる高橋さんの新作を手にとったとき、私は実のところもうへとへとだったのです。病院に行ってたこ焼きを買って戻ると、テッチはもうけろりとしてDVDでケロロ軍曹を見ていました。食材は買ってあったのですが、何もかも嫌になって、たこ焼きとタイヤキと、作ってあげたお弁当を広げ、西瓜を切って、いい加減な晩ご飯を夕方の6時ごろから食べ始めました。テッチは珍しく私に「やって」といわずに、ソースやマヨネーズをたこ焼きにかけ、なにか戦国時代の武将のクイズを出していました。

テッチの頭の中には底なしの引き出しがあって、数字や年号、読んだ小説や漫画の台詞なんかが膨大に蓄積されています。テッチはそれをときどき引っ張り出して、「クイズ!」にするのが好きです。でもそもそも私みたいにオバサンになって、高校三年生で受験のためだけに年号を覚えたような人が、戦国時代のマイナーの武将のそのまた甥っ子が何年にどこで何したなんて、思い出せるわけがありません。同じクイズも何度も出されていると思うのですが、あれだけしつこく言われている五大老も正確に名前を覚えられないアラフォーです。この擬似コミュニケーションをやっていると、心底悲しくなるのです。これは説明のしようもない悲しさです。

テッチは私が疲れていようが興味がなかろうが、お構いなしに甘えたり、「クイズ!」をはじめます。私が伝えたいことは、テッチにとって重要と感じられない場合、彼の引き出しの中には入りません。ADD(注意欠陥)もあるので、潜在能力はすごく高くても、忘れ物やなくし物が多くて学校の成績は中ぐらいです。PDDのこだわりのせいで、生活習慣がなかなかかえられません。時間的見通しを立てるのが苦手で、いろんなことが間に合わなくなってしまうのに、反抗期は一人前にきているので、すんなり言われたことをやらずに、最後は間に合わなくなってパニック⇒癇癪を起こす、の繰り返しです。

それでも私はテッチを育てていくだけです。神さまからのギフトとして、地上にいる時間の一部を与えられた大人として、テッチと関わっていくしかありません。

それは「悪」と戦うことに、とてもよく似ていました。というか、そのものでした。

読み終えて、私は高橋さんにこう書きました。

@takagengen 今日も私は私なりに「悪」と戦ってました。へとへとの状態で高橋さんの小説を読んだ。そしてこれは今の自分の為に書かれたに違いないという幸福な錯誤に陥った。たとえそれが錯誤だと知っていても、このギフトを持って、またしばらく歩けると思った。ありがとうございました。


140字という制限の中で、思いを伝えるのは難しい。結構失礼な文章かも知れません。それに対して、高橋さんからのお返事はこうでした。

takagengen 錯誤じゃないです RT @natsume32123 今日も私は私なりに「悪」と戦ってました。へとへとの状態で高橋さんの小説を読んだ。これは今の自分の為に書かれたに違いないという幸福な錯誤に陥った。たとえそれが錯誤だと知っていても、このギフトを持って、またしばらく歩けると思った。


ここ数日ぐらい、大昔のテレホーダイタイム(<これを実体験として知ってるか知らないかでわりと年代がわかる)みたいに、夜10時をまわるとツイッターがやたらとおもくなり、私が高橋さんのこのお返事を読んだのは、最近よく目をさます、夜中の3時のことでした。

ツイッターの言葉はどんどん流れていきます。なんだかアメリカの連邦議会図書館がツイッターのつぶやきを収集するとか決めたらしいですが、でも基本的には、それぞれのつぶやきはどんどん流れて拡散して消えていきます。100人200人とフォロー、フォロワーが増えるにつれて、その速度は増していきます。

そんな中で、高橋さんから直接かけてもらった言葉を、たぶんこの小説と一緒に、大事に胸に抱いて、今日からもまた生きていくんだと思います。

高橋さんからいただいた、もうひとつの言葉。

takagengen 小説家としてそれ以上、うれしい読まれ方はありません。ありがとう。 RT @natsume32123 人生ではじめて読んだ高橋源一郎さん(@takagengen)の小説(<たぶん14歳のとき)と、これからはじめて読む高橋さんの最新作。至福。


上に乗せた写真と一緒につぶやいた言葉へのお返事でした。読み始めから読み終わりまでを、これほどの幸福感の中で過ごした読書は本当に久しぶりだったのです。「あ、自分はまた小説が読めた」という驚きもありました。だってあれだけ楽しみにしていたブローティガンの遺稿集すら、断片だらけの本なのに、読みさしのまま止まっていたんですから。

ツイッターすげぇとか企業は乗り遅れるなとか、そんな話をするつもりは全然ないのですが、ただ、この幸福な出会いと、私自身のちょっとした再生に、このツールが果たしてくれた役割は、決して小さくはなかったです。そして『「悪」と戦う』に出会えたことは、「この向こう側をまた見たい」と思える小説との再会でもありました。何度も繰り返してしまいますが、この本を読んだ数時間は、とても個人的で幸福感に包まれた時間でした。

どこかでこの本を読む誰か私の知らない人が、私と同じように、「この本は自分自身のために書かれた本だ」と感じられることがありますように。だってそれは「錯誤じゃない」んですから。

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posted by なつめ at 10:55| Comment(2) | TrackBack(0) | おとなが読む本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
昨夜、一気読みしました。ぼくにとっても、「ギャングたち」と並べたくなるくらい至福な時間となりました。

ぼくには6ケ月になる息子がいます。この本を読んだ後、ぼくは隣でくーくー寝ている息子を抱きしめたくなりました。これも錯誤ではありません。この気持ちこそが「悪とたたかう」出発点になるのだと確信しています。

>どこかでこの本を読む誰か私の知らない人が、私と同じように、「この本は自分自身のために書かれた本だ」と感じられ

たので思わず書き込みしてしまいました。
Posted by 山やま at 2010年06月07日 09:59
◇山やまさん

いらっしゃいませ、書き込みありがとうございました。

6ヶ月、一番いいときですね!(と私も言われたものですが、その頃は「早く大きくなあれ、大きくなあれ」とひたすら念じていたので、充分味わえませんでした…orz)どうぞその気持ちのまま、ぎゅっと息子さんを抱きしめてあげてください。

同じ本を通じての、こんな出会いがあるなんて、とっても嬉しいです。この本にはそういう魔法がかかっていましたよね。

お互い、がんばりましょう^ ^
Posted by なつめ at 2010年06月08日 22:08
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