2006年04月22日

『博士の愛した数式』『古道具中野商店』…愛おしく、もどかしく。

映画を先に観てしまったのですが。先日読了した原作。


『博士の愛した数式』
小川洋子・著(新潮文庫版)


第一回の「本屋大賞」を受賞した作品ですね。ちなみに第三回の今年は、リリー・フランキー氏の『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』でした。こちらは未読。
さて、何はともあれ、映画を先に観てしまって、それも少なからず感動したサクヒンだったので、小説はどうかなーというのは少しドキドキでした。映画で感動して原作読んだらカスだった、ということもしばしばありますから(もちろんその逆も)。でも、これは何せ上にも挙げた「本屋大賞」の大賞作品ですから、まあはずさないだろうと。

でも、まあはずさないどころじゃなかったですね。なるほど、大賞にふさわしい作品だと思いました。

映画では語り部は成長したルートですが、原作では主人公である家政婦が小説の語り部となります。映画では描かれていない、主人公のバックグラウンドも小説には出てきます。その分だけ、小説の主人公は、映画で深津絵里ちゃんが演じた透明などこか少女のような健気さと凛とした気配を持つどこか夢のような存在ではなくて、もっとリアリティのある女性として描かれています。

自分自身が情けなくなることもあるし、突っ張ってもいるし、博士に向かって駄々をこねてみようと思ったりもする。そんな女性らしい生々しい感情が描かれながら、どこか突き放したような乾いたトーンが作品全体を貫いているので、それがドロドロと嫌な方向に流れません。

逆に、映画ではほぼメインのストーリーと言ってもよかった未亡人と博士の関係については、むしろ淡白に、秘めやかな謎として描かれるに留まっており、映画化にあたって大きな解釈が付け加えられたことが分かります。これはこれでアリだと思うので、これは本当に、小説としても映画としてもお薦めできる、数少ない幸福な結婚のケースだと思いました。

さて、公開間近の『ダ・ヴィンチ・コード』はこのように上手くいくのでしょうか。むむむ。

前にも書きましたが、ラングドン⇒トム・ハンクスは違うと思う。いずれにしてもあれだけの中身を二時間程度の映画に詰め込むのは難儀そうです。

さて、今日お薦めのもう一冊はこちら。


『古道具 中野商店』
川上弘美・著


永遠のモラトリアムのような時間を、古道具屋「中野商店」で売り子のバイトをして過ごす「わたし」「タケオ」、そしてそれを取り巻くちょっと奇妙なオトナたち。居心地のよい、けれど曖昧なそんな時間は、曖昧なままにちょっとずつ痛みを伴って、いつかモラトリアムの時代は過ぎていく。

「わたし」と「タケオ」の上手くいかない恋愛話のリアリティには、なんかちょっと苦笑いしながら、若い頃の恋を思い出したりしました。分かってるんだけど、傷つけちゃったりとか。このぐらいいいだろう、と思って言ったことが実は決定的なことだったりとか。意地を張ってるうちに何をどうしていいかわからなくなって痩せちゃったりとか。苦い辛い思いをいっぱいして、でも過ぎてしまうと少し滑稽だったりとか。

それでも、物語はまた曖昧で優しいラストシーンを用意しています。あぁホントに川上弘美さんの恋愛小説は上手い。ところで中野商店はなつめんちの地元に再開店した様子。5月の晴れた週末にでも、アンティーク通りを散策してみたら、中野商店の面々に会えるかも知れない。なんてね。

どちらの小説も、バリバリの恋愛小説ではありません。むしろ、愛おしく、もどかしく、届かない思いを抱えながら優しく、微妙な距離感を保ち続ける人と人との「あいだ」を描いた作品として、何となく共通点があります。これは両作者の作品ディティールの卓越した描写力と、ドロドロになる一歩手前で踏みとどまる、どこか乾いた気質に依存している気がします。そうしてそれは、心地よい。

上手くいえないけど、悩みに悩んでのたうちまわっていても、どこかでそれを引いて眺められるような乾き方、というのでしょうか。それを物足りなく感じる方もいるかも知れませんが、私にはその乾き方がむしろリアルな生活観を伴っている気がして、そこがとても好きでした。つまり、人間失恋したってお腹はすくしトイレにも行くのよ、っていうような、そんな人間の滑稽さ逞しさ、そして弱さが全部愛おしい。そんな二つの小説です。


posted by なつめ at 23:25| Comment(0) | TrackBack(2) | おとなが読む本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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