2006年06月19日

リハビリ医療打ち切り反対

カジポンさまのサイトでこんな記事を見つけました。

リハビリ中止は死の宣告】…多田富雄(東京大学名誉教授)

病気や怪我、いつ自分の身や家族の身に降りかかってくるかも分からない、リハビリテーション医療について、4月の診療報酬の改正から一定日数を過ぎると保険診療が受けられなくなったのです。

くわしくはこちら【リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動】…署名はこちらのページから。SSL化されているので通信は暗号化されて個人情報も安全に送信されます。もちろんなつめママも速攻署名。サイト左下の賛同リンクからもこのサイトへのリンクを貼っていますので、そちらからもどうぞ。


QOLっていう言葉があります。クオリティー・オブ・ライフの略です。医療用語だと思いますが、でも日本という国は、少なくともこの東京みたいな都会に住んでいると、QOLがすごく低い国のような気がしてなりません。だいたい、交通事故で死ぬ人の3倍も自殺で死ぬ人がいる国って、やっぱりなにかおかしいんだと思う。

リハビリテーションを受ける権利は、患者さんのQOLをあげていく権利。診療報酬改正っていうのは確かに必要なことだと思う。でも患者のQOLを下げるような改正は改正じゃなくて改悪じゃあないだろうか。長い時間をかければ回復していく余地が少しでもあるような人を切り捨てて病床数を減らしていくのが、国民の健康維持に役立つことなんだろうか。

診療報酬改正って、要するに薬漬け医療からの脱皮とか、そういうのが目的だったと思うんだけど、現実には患者にしわ寄せの行くような施策のほうが目立ってきているような気がする。必要な医療が保険診療で受けられない世の中、っていうのになりつつある気がする。行き場所のないお年寄りが病床削減で家に戻される。介護制度が素晴らしく立派に機能している国ならいい。でも現実はどうだ。介護疲れで80歳過ぎた老夫婦が無理心中とか、そういう事件が頻発しているじゃあないですか。

なんだかなんだか、とってももやもやするのです。もやもやするので、できることから手をつけたいと思い署名しました。同じようにもやもやしている方、賛同していただける方、どうぞ署名活動に参加してください。



posted by なつめ at 00:07| Comment(6) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨夜就寝前にここを覗かせていただき、この件を知り得ました。

勿論、署名させていただきましたが、私も自分のブログやカフェの日記、HPのトップ等で出来る限りアナウンスさせていただきました。

ただでさえ国民の怒りを買ってる医療改定なのに、こんなあからさまな弱い者いじめを押し進めるなんて、もう何を信用していいか分からなくなっちゃいますよね。
Posted by W-yas♪ at 2006年06月19日 15:55
yasさま:
早速反応いただけて嬉しいです。なんていうか、法律の改定じたいは別にいいと思うんですけど、方向性がいろんなとこで間違ってたり、セイフティーネットが不足していたりして、当初の目的を見失ってる感じがしてなりません。

生まれてきてよかった、と思いながら死ねない国で愛国心教育なんて、ちゃんちゃらおかしくて笑っちゃいます。どんな一生でも、生まれてきてよかった、と思いながら死ねる人生のために、医療の問題はどれも他人事ではないですよね。
Posted by なつめ at 2006年06月19日 22:31
こんばんは。
先月他界した父親も最後はいくつかの病院を転院し、そのことでずいぶん苦労をしました。
その中にリハビリが専門の病院もあったのですが、そこではほんとうに良くしていただきました。
患者の生きる意志を大切にしてくださることが、何よりもありがたかったのです。
そこの院長先生にも診療報酬改正の話は、何度か伺ったことがあります。
少子化問題も、高齢化問題も、すべては人を思いやる気持ちこそが大切なはずなのに、この国はそのことを忘れてしまっているような気がしてなりません。
それは、異世代とのコミュニケーション(たとえば学校の教師と生徒、会社の年配者と若者といった関係)がうまくできなくなっていることに起因しているようにも思います。
いや、ほんとに他人事ではないです。
Posted by 海五郎 at 2006年06月21日 01:20
海五郎さま:
コメントありがとうございます。人間は、生まれること、子供であること、そして死ぬことだけは平等にみな経験します。そしてその時期こそ誰にでも、一番平等な幸福の機会の均等が与えられるべきだと思うのです。

でも、現実にはどうだろう。子供は親の年収や学歴で学力や将来が決まるような世の中になってきている。児童虐待の問題も表面化してきている。お年寄りはお金があれば立派な特別老人施設で死を迎えることができるけれど、そうでなければ落ち着き先さえ見つけられずに、家族も介護に疲れ果ててその生命の時間の最後を迎えることも往々にしてある。

年をとらなくても障害を負うことはあります。リハビリの機会を奪われて、人としての生をより人間らしく全うする機会を奪われることになれば、その残りの長い人生を、法律によって奪われるも同然です。リハビリ医療だけじゃないのです。知的障害の方の福祉施設とか、そういうものに対する補助もどんどん切り捨てです。

病気や障害も個性の一部です。どんな個性を持った人でも人らしく。より人間らしく望む生を生きる権利を、法律が邪魔する世の中であってはいけない。そう思います。
Posted by なつめ at 2006年06月21日 03:21
なつめ様

弱者を切り捨てようとしているとしか思えない改定案。国土が狭いからって日本人の心まで狭くなっては困りますね。にんげん、一人ひとり皆違うのが当たり前。だから助け合いが必要なのにどうして法律からしてこうなってしまうんでしょう。もやもやしたので早速署名に行ってまいりました。
Posted by つ at 2006年06月23日 11:21
つ さま:
もやもやを共有してくださってありがとうございます。弱い人から順に切り捨てるようなやり方には、憤りを感じてしまいます。なんか議員さんや官僚にはもっともっともっと、「自分だったらどうなの?」っていうことをつきつめて、法律を考えて欲しい。

自らがんであることを告白して政治活動を続けている山本孝史参院議員が話題になっていますが、そうして患者が身を粉にして働かなきゃ賛同を得られないってのもなんかヘンだと思うんですよ。健康でも、裕福でも、若くても、性別がどうあっても、自分とは違う立場の人のことをよくよく想像して、政治やって欲しいなぁって思うのです。
Posted by なつめ at 2006年06月24日 03:02
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