2012年08月10日

67回目の夏

8月6日、8月9日、これは当然日本人ならなんの日かわかる日、であるはずなのですが。オリンピックだの政局だの、色々あるのはわかってますが、私が小学生の頃に比べて、この日の扱いが確実に小さくなっているなぁ…というのを、新聞見て思った夏でした。

私の両親は終戦時に小学生ぐらいでしたので、ぎりぎり戦時中の記憶がある世代です。でも、「あの日」のできごとを鮮明に語れる人も、どんどん数が減っているのでしょう。野田総理の挨拶も「ザ・空疎」って感じで時間の無駄っぽい気がしました。この日の前後に「黒い雨の被害の援護拡大は難しい」「科学的根拠がないと」とか言っちゃってる首相を、犠牲者を偲ぶ大切な式典に入れてやる必要があるのでしょうか。私広島も長崎も、「お引き取りください」つって追い返してもよかったんじゃないか、と思いました。

エリザベス・テイラーが長生きの秘訣をきかれて「健康と健忘よ♪」と答えた、っていう話私大好きで、「忘れること」ってひとが健康に生きていく上ではとても大切なことだと思うのですが、他方「忘れてはいけないこと」っていうものも確実に存在していて、日本人があの負け戦を、多くの人が「負ける」とわかっていながらズルズル続けた結果、本当は死ななくてもいい人が沢山死んだ、ってことは、「お上」の問題としてではなくて、自分の問題として人が覚えてなくちゃいけないことなんだろうと思います。

「二度とあやまちは繰り返しませんから」という約束の言葉は、やっぱり「じゃあどうやって?」っていう具体的な方法論が伴わないと、から約束になっちゃう可能性高いと思うんですよね。大勢の人が「どうもやばい」と感じていたのに防げなかったのは何故か。すごく真剣に考えないといけないんだろうなぁと思う。

夕凪の街桜の国 (Action comics)
こうの 史代
双葉社


映画は見てないんですが、世代を超えて続く被爆の悲しみを淡々と描いたこの作品は、「あの日」がだんだん遠いものになっていく中での必読書だと思います。はだしのゲンみたいなショッキングな絵はないので、中学生以上ぐらいなら子供に読ませるのにもいいと思います。

小学生ぐらいのお子さんには、原爆は関係ありませんが、戦争のお話ならやっぱりこれ読んで欲しいです。



ていうかこれ絶版なの、信じられんな。この↓文庫に全部採録されてますが、子供にとっつきやすい絵本の形であることってやっぱり大事だと思うのです。版元のNHK出版、もっと頑張ってほしい。


戦争童話集 (中公文庫)
野坂 昭如
中央公論新社
売り上げランキング: 44169


「凧になったお母さん」はたぶん教科書に入ってると思いますが、「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」「焼跡の、お菓子の木」は本当に是非5〜6年生ぐらいのお子さんには読んで欲しい作品です。「ウミガメと少年」だけはなんか手に入るんだなぁ。なんでだろう。私と同世代ぐらいの人だと、野坂昭如って朝まで生テレビで明け方ぐらいになるとなんか怒る人、とかっていうイメージじゃないかと思うんですが、読んだことない人は小説是非一度読んでみてください。やっぱり「火垂るの墓」とかも、ジブリの映画版じゃわからない、鬼気迫る文体があっての小説なので、食わず嫌いの人にこそ読んで欲しい一冊です。


posted by なつめ at 02:04| Comment(6) | TrackBack(0) | こどもと読む本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の父方の祖父は、昭和13年に中国で戦病死しました。
その時父は5歳になる直前…馬になってもらって背中に乗って遊んだことを覚えていると言ってたそうです。
当然私は祖父を知らない訳ですが、祖父は遠くに残してきた家族を思い、遺書ともいえるような手紙を祖母と3人の子供に遺していました。
私も読んだことがありますが、あまりの強い思いに涙が溢れて最後まで読めませんでした。
戦後67年が経ち、戦争や原爆の記憶が薄れてゆく今…まだ今ならできることがあるのかもしれないと思うのであります。

老婆心ではありますが、お若い方たちがライブに行くことを気軽に『参戦』と言われることに、前々から違和感を持っております。
以前もコメントさせて頂いたと思うのですが、『参戦』とは戦いに参加することです。
ライブもある意味戦い…そうかもしれません。
でも簡単に『参戦』なんて使ってしまうのは、戦後67年も経過した平和な国民の愚行だと思います。

韓国では男子に兵役義務があり、ほとんどの人が30歳までに兵役に就きます。
38度線をはさんだ隣国とは休戦中にしかすぎず、有事の際にはたとえ国民的アイドルといえども武器を持って前線に赴く可能性を持った国なのです。
めんどくせーおばちゃんと思われるかもしれませんが、こちらに集う良識ある皆さんならわかっていただけるのでは…と思う8月の一日であります。
Posted by れいこ at 2012年08月10日 10:44
「二度とあやまちは繰り返しませんから」
・・・もしかしたら、先の原発事故も、あの第二次大戦の
あやまちの繰り返しかもしれない。と思うことがあります。
そしてそのあやまちの片棒を自分も担いでいることを
(東京にいて電気を享受し、
「便利でクリーンだから」という
原子力発電へのエクスキューズを受け入れてきたという意味で)
心のどこかでいつも考えている自分がいます。
具体的にどうしたらいいのか、答えはまだ見つけられていないのですが。

れいこさん
「参戦」という言葉への感覚は、正直言うと私は若干違うのですが
(私の中では戦い=戦争ではなくもうちょっと広い意味を含んでいるので)
大好きなこの場所で大好きなれいこさんが不愉快な思いをされているのに、
なおかつ使うほどの言葉ではないと思うので、
これからは自重しますね。

なつめさん、場所をお借りしてごめんなさい。
Posted by MS TOWN at 2012年08月10日 13:29
いつもながら、なつめさまのいろんな物事への多岐に渡る関心の深さに感心いたします。
毎年広島・長崎のニュースで映し出される、朝の8時くらいだというのにすでに容赦なく照りつける日差しの中で参列されている方たちを見て‘お年寄りは熱中症になったりしないのかな…’などという薄っぺらい心配しかした事のない自分を反省…
思わず今朝の新聞の市長による「長崎平和宣言」全文を読んだり、レビューも読んで「夕凪の街桜の国」をポチしてしまったという影響を受けやすいわたし。

れいこさまの言われる「お若い方たち」には年齢的には全く当てはまりませんが、わたしのようにこの年までお気楽に生きてきたおばちゃんも含め、SJ好きでここに集われるみなさまにとっても、ちょっとだけでも今は身近ではない戦争や原爆(目的自体は違っても、原発もひとたび事故が起こればたくさんの人の命を危険にさらすという意味では同等のものだとは思いますが…)について思いを馳せる事も大切だなぁと思いました。

年頃の男の子を持つ身としては、かわいいわが子を喜んで戦争に行かせた母親は1人もいないだろうという事は断言出来ますし、韓国の詳しい兵役事情についても全くわかりませんが、たとえ訓練であっても自分の子が銃を持ったり様々な厳しい訓練に耐えたりしなければならないのは、義務とはいえきっと行かせるお母さんも辛いだろうなぁとわが身に置き換えてちょっと切なくなるのでした。
Posted by Bozi at 2012年08月10日 14:22
8/6に私はホームステイでアメリカに居たのですが、近所のおじさんに、そういえば今日は日本に原爆が投下された日ですね。と言われるまで気付かず、日本人として恥ずかしいと落ち込みました。

思ったのは、気付かないくらいアメリカではあまり報道されて無いんですね。

今まで夏は日本で過ごしてきて、日本では黙祷を捧げているけどアメリカでは何をしているのだろうかと思ったことすら無かったので、アメリカではそれほど報道されないのかとショックでした。
なつめさんがオススメされている、「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」は、小5くらいのときに国語の問題文か何かで一部だけ読んだことがあるのですが、問題を解きながら読んでいくうちに、ボロボロ泣いてしまっていたのを覚えています。
確かに、忘れなくては元気に過ごせないこともあるけれど、忘れてはならないことは、未来に語り継いでいかなければならないと私も思います。
Posted by MaaaX at 2012年08月11日 10:42
お返事ランダムで失礼しますm(_ _)m

◇れいこさま:
私わりと語学関連の仕事をしているので、基本的に言葉狩りには反対の立場です。もちろん差別や人権問題に絡む言葉は、当事者の前で使うべきではないですが。

特定の言葉を狩ることより、その言葉の歴史を学ぶことのほうにこそ、おそらく建設的な未来への道があります。ライブに「参戦」する勢いで、選挙に「参戦」する若者が増えれば、迷走する日本の未来も変わるかも知れませんね。

また、日本の平和ボケを平和ボケと認識し続けることこそが平和ボケなのであろうと思っています。年間3万人のひとが自殺し、それを上回る人が失踪する、これはちょっとした国の内戦よりもひどい状況です。そのような「リアルな世界」を直視することのほうが、特定の単語にこだわることより大切だろうと思っています。もちろん、そんな世界をそれでも愛する気持ちがなによりの未来志向なので、決して絶望はしてないんですが^^

◇MaaaXさま:
私もちょっとうっかりすると、終戦の日も空襲の日も忘れてしまいそうになります。たとえば311も、いつかそんな風になってしまうかも知れない。戦争は体験しませんでしたが、911や311を経験した世界を知っている者として、せめて自分が体験したことはちゃんと息子やその先の世代に伝えていきたいなと思ってます。
Posted by なつめ at 2012年08月12日 01:38
私もうっかり忘れそうになります…
私の年代でもさすがに小学生の頃は戦争について勉強したし、もっとニュースでやってた気がするのに
最近ひどいですね、全然報道されません。

私の祖父が戦争行ってそこで初めて南国のバナナを食べてバナナを好きになったのですが
バナナの話しかせず、絶対に戦争の話は一言しないのですが、
経験した人からしたら忘れたいことなんですよね。
でも私たちは知らないといけないと思うし、だからといって祖父に聞こうとは思えないという複雑なところにいます…
Posted by もり at 2012年08月12日 02:31
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