2014年01月26日

「ハンナ・アーレント」…私とあなたの中にある悪の凡庸さ

見てきてからもう半月もたっちゃったんですけど、アベシンゾー中心とする自民党政権の政治的暴走によるきな臭い状況は延々続くばかりか悪化しているので、これはやっぱり見るべき映画ということでレビューしておこうと思います。

映画「ハンナ・アーレント

去年の秋にまず東京の岩波ホールで公開されてロングランとなり全国での公開が広がっている作品。



ハンナ・アーレントの人物像については、Wikipediaあたりにものっているので、そのへんご覧いただければと思いますが、ドイツ系ユダヤ人の哲学者・思想家で、自身も亡命先のフランスで収容施設生活を経験(当時フランスはドイツ占領下にあったので、アウシュビッツのような殺され方こそしなかったものの、ユダヤ系の住民は収容施設に入れられて多くの人が亡くなっています)、その後アメリカに亡命という経験をしている人です。

映画は彼女が亡命先のアメリカで戦後順調な大学教授生活を送っている最中の1960年代初頭、ナチス・ドイツの戦犯、アドルフ・アイヒマンが逮捕され、大量虐殺の罪で裁かれることになった裁判の傍聴記録を書くことになるところから始まります。

ユダヤ人である彼女に対して求められていたのは、当然ながらナチス・ドイツの極悪人を糾弾し、「人間の皮を被った悪魔」の本性を描く、ということ。もちろん、ハンナ自身もどんな悪魔がそこにいるのか、と怯えながら、それに対峙しようと傍聴に赴いたのだと思います(ちなみに裁判の映像は、当時の実際のアイヒマン裁判で撮られた映像を使っているそうです)。ところが彼女がそこで見たのは、何百万人もの人を死地に送り込んだ極悪非道のモンスターではなくて、「すべて上から命令されたことでした。」「私はその命令を私の職分にしたがって実行しただけです。」「結果として死んだユダヤ人のことは気の毒だとは思います。」「ですが私は命令を実行するほかなかったのです。」といい続ける、ただの小役人の姿でした。

彼女は憤りながら言います。「彼はメフィストテレスなどのようなものではなく、官僚システムの中で自ら考え、自分のしたことの結果を想像すること放棄した小役人にすぎなかった。」何百万人もの死が、民族に対する悪意にすら基づかず、思考停止した人間の事務処理によってもたらされたという事実をハンナは憤りをもって直視し、これを「悪の凡庸さ」と名づけ、「最も恐ろしい悪は他の人とは違う特別な人間によって引き起こされるのではなく、考えることを放棄したごく普通の人間によって行われる。」ということをその傍聴記録において主張します。

そもそも彼女は哲学者なので、NYタイムズに掲載された傍聴記録はいわゆる一般大衆が期待するような傍聴記録(やれアイヒマンはどのような冷酷な目をしていたか、どのように汗をぬぐったか、とかそういう中継的な記録)にはならず、しかもその思索の過程において、考えることを放棄したアイヒマン、当時のドイツ人たちとあわせ、被害者であるユダヤ人の中にも、組織の長として多くの人間を死地に追いやる結果に加担した人間たちがいたこと、彼らの行動次第では死なずにすんだ人がいたかもしれないということも、事実として指摘してしまいます。

このことは一般のユダヤ人社会のみならず、彼女が属していたリベラルな知識人階級の人びとからも容易には受け入れられず、彼女は「人殺しのナチスを擁護した」というレッテルを貼られてすさまじいバッシングに晒されることになります。彼女が信頼した友人たちの多くも、彼女に背を向けていくことになります。しまいにはシオニスト組織から身の安全について警告を行われるところまでいってしまう。

このヒステリックな反応は、ホロコースト当事者でない私たち日本人には少し理解しがたいところではあります。彼女はナチスを擁護などしていないし、単に「彼の悪は皆が期待しているような悪ではなく、このように『誰にでも起こり得る』悪だったのだ、と指摘したに過ぎないのですが、でもそれは「あれは我々とは違う特別な人間、人間の皮をかぶった悪魔のやったことだ。火炙りにしろ。」と主張することで、自分と「彼ら」を切り離して安心したい人たちにとっては、耐え難い不安をもたらすことだったのだろう、と思いました。

たとえば私たち日本人の立場に置き換えてみれば、「太平洋戦争は軍部の暴走によって起きたことで、一般の国民は正しい情報も知らされず、ただ巻き込まれて多くの死者を出したのだ」と思いたい人たちにとって、「いや、結構ノリノリだった人たちもいる」とかそういうことは「あってはならない」ことで、「あったとしても例外」でなくてはならず、ましてや「自分もその中において日本軍の数々の戦果に高揚したのだ」なんていうことは口が裂けても言えないわけです。だからこそ、そういう指摘やその指摘に繋がる論説に対して、人はほとんどヒステリックに反発することになるわけです。

同様に、彼女がいくら論理的に「事実を事実として書いただけ、あれは特別な人間ではない。」と説明しても、それを認めれば「凡庸な悪」が自らの中にもあることを認めたくない人たちからは感情的な反発を食らうばかりで、ついには大学教授の職も失いかねない状況まで追い込まれます。

映画は、ハンナがこうしたバッシングに対する回答を、ついに大学の公開講義の形で行うシーンをクライマックスとし、彼女の力強い反駁に、多くの学生が拍手を送るシーンへとうつりますが、それでも講義後旧知の友人を見つけた彼女が「来てくれたのね。」と嬉しそうに駆け寄ろうとすると、その友人は、彼女に対して決別の言葉を伝えて背を向けていくという、アメリカ映画だったらここでみんなが「感動!」「やっぱりハンナが正しい!」ってなって、彼女をバッシングした人たちがすごすご退散して大団円、ってなるはずだよなぁーというのに対して、実にヨーロッパ映画っぽいもやもや感を残したエンディングへと繋がっていきますが、それが事実そうであったということ含め、「わかりやすい解」を求めて「考えることを放棄」したい人々の欲求に対して、あくまで「考える人」であり続け、解けない謎と格闘し続けるハンナの思索の強度を感じさせるものになっています。

アベシンゾーが政権をとってからの日本は、40ウン年生きてきた私にとって、これまでの人生では経験したことがないほど強く、「国民の思考停止をシステム化させる」意志を施政者側が打ち出している国になりました。

たとえば「中国人は中国共産党に精神的に支配されていて欧米や海外の一般事情など知らず、盲目的に国の主張を信じる人が多い」と考える日本人は比較的多く、マスコミ(近頃の劣化したNHKあたりは特に)もそうしたイメージを喧伝していますが、私は一般の中国人ってもっとしたたかだと感じるんですよね。たまにweibo(中国版ツイッター)の中国在住のジャーナリストによる翻訳とか私のTLにも流れてきますが、中国の中でもある程度のアッパークラスに属する人たちは「国の言うことなんか信用できない」のは当然の前提で、その上で世界で起きていることを読み解こうとしている。

ひるがえって日本では、NHKが「公共放送」と言いながら、天皇陛下の護憲発言を恣意的に削除した「お言葉」を放映するなど、憲法改悪をもくろむ安倍政権に対する擦り寄り姿勢をあからさまにし、新会長にいたっては「慰安婦はどこの国でもあった」「特定秘密保護法は(決まったんだから)しょうがない」といった発言を連発、「政府広報か」という声がネット界隈ではちまちま広がっているものの、オランダの売春施設「飾り窓」の話まで持ち出すという自爆テロをやってくれたのに、即クビにはなっていないというこの事実。驚愕ですよこれ。「秘密保護法」で国民の知る権利が重大な侵害を受けるにもかかわらず対してニュースにもならない、ってとこからして、憲法なんか改正しなくてもとっくに非・民主主義的国家になってるんじゃないですか?ということが危惧されるわけです。

特定の神道系団体の支持を得て当選した保守系議員による「親学」連盟の重鎮、現在の文科大臣が推し進める「伝統的日本の道徳教育」は、ぼさっとしてたら次の指導要項の改訂時期には正規のカリキュラムとなって公立校の授業に取り入られらることになるでしょうが、その思想の時代錯誤なジェンダー意識や、子ども自身の自主性とか自立性、自分で考える力よりも、型にはまった「親や先生の言うことを聞く子」を調教することを優先しようという指向に関しては、ほとんど恐怖感さえ感じます。何故ならこれこそ「凡庸な悪」を生み出す温床を着々と育てる教育にほかならないわけですから。

アイヒマンはおそろしく「いい子」だったと思いますよ。上から言われたことを忠実に実行し、しかもそれを効率的に実行するために工夫もし、成果をあげた。ただ、そのことによって何百万という無辜の人々が死ぬ、という事実に対する想像力を、一切働かせなかったということ、自分が加担する罪に対する意識をあえて無視して「仕事」に没頭したことこそが彼の罪だった、ということをハンナ・アーレントは指摘します。この指摘は私たち自身にも投げかけられていることだろうと思います。

学生時代、フランスにちょっとだけ留学していたとき、大学のフランス史の先生は「ナチスがフランスを占領していたとき、我々フランス人の9割はコラボ(対独協力者)だった。連合軍がドイツ軍を追い出しにやってきたら、9割がレジスタンスになった。」と皮肉交じりに言っていました。フランスのドイツ占領時代を描いた映画とかって、やっぱりレジスタンスとして戦う若者が主人公だったりとかして、あたかも対独協力者は例外みたいに描かれたりしちゃうんですけどね。これは日本で戦争映画を撮ると、主人公は必ずといっていいほど「この戦争には負ける…」「この戦争に意味はあるのか…」なんて感じのそれ戦後じゃないの?的な反戦思想を持っていて、「鬼畜米英をひねりつぶしィ!」とかなんとか言っている人は主人公にはならない、っていうのと似ています。だからこそ私はこの冷静な指摘にすごく感心したし、20年も経った今でも先生の言葉を忘れていないのですが、このことはずっと胸にとめておかねばならないと思っています。

私はヘイトスピーチに対する禁止法について賛成の立場ですが、それは私が「ヘイトスピーチをするようなやつは人間じゃない」とか「あんなことを言ったりやったりするなんて信じられない」と思っているからではありません。状況や立場が変わって、たとえばそれにのっかっていないと職を失うとか社会的に非難されるとか、子どもが学校でいじめられるとかいうことになれば、おそらく自分だっていとも簡単に転んで、命令されれば別国籍の友達を公安や軍に密告して売り渡すぐらいのことはきっとやるだろうな、と思っているからです。人間は弱い。ということが事実だと経験的に知っているということと、自分だけは「正義」でいられるということに対してまったく信用がない、という意識に基づいて、法がその弱くて移ろいやすい人間の心を支えるべきだ、と思ってるわけです。

憲法における不戦の誓いについても同様の考えを持っています。よく「それじゃ相手からやられたときにはやられてしまう」なんて言う人がいますが、それはそれこそ現場で自分で考えることを放棄したひとの言い草で、基本はこう、と定めたことに対して緊急時にどう正しくそれを変えていけるかということについて日本という国は国家レベルで免疫がなさすぎです。例外対応というものに対して腹をくくれる人はいつの時代もほんの一握り。だから戦後何十年もたってるのにいつまでもいつまでも杉原千畝が褒められたりするわけです。あとに続く人がさっぱりおらず、責任ある判断を放棄したお役所仕事が公的私的を問わず蔓延した国だからです。

話が脱線しましたが、とにかくそういう意味で、過去の出来事を扱いながらも、今自分が生きている世界のことと対比させて、自分がどういう道を選択していくか、ということを考えさせられるような映画でした。もうねー、新宿の映画館に観にいったらジジババしかいなくて、ほぼ全員シルバー割引だろうよ!って感じだったんですけど、もっと若い人も観たらいいっていうか、観るべき映画だと思います。禁煙協会が発狂しそうな喫煙映画ではあるですが…(ハンナ・アーレントはものすごいヘビースモーカーで、授業の途中にタバコ休憩とか入れてました。大学のときそういう先生いたよ…)。ちなみにハンナ役の女優さんはタバコを吸わない人だったので、喫煙シーンの撮影は大変だったそうです。

あとは、このハンナ・アーレントという人物の重層性みたいなところも随所に描かれていて興味深かったです。ガリゴリの思想家でありながら、女性としてもどこかコケティッシュな魅力があり、夫婦らぶらぶシーンが多いです。他方はっきりとは言わないものの、ハイデガーの愛人であったことをうかがわせるシーンがあったり、夫は夫で、あれ、浮気もしてる、みたいなシーンが挿入されてたりで、単なるお堅い裁判もの、というだけではありません。60年代のNYの知識人クラスタの社交の雰囲気とか、そういうものも観られて、色々興味深かったです。何よりも、信頼する友人たち含めた世間にどれほど背を向けられ、バッシングされても、「考える人」たることを決して放棄しようとしないハンナの力強い姿は、ハンサムウーマンと呼ぶにふさわしい感じで、カッコイイなあーと思いました。

ちなみに、彼女の問題の裁判レポートはこちらの本になります。
イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告
ハンナ・アーレント
みすず書房
売り上げランキング: 3,945


読んでみたいけど高いんだよなー。せっかく映画がこれだけ話題になっているので、出版社には是非文庫化を検討して欲しい…。


ラベル:映画
posted by なつめ at 23:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回も読みがいのある記事を本当にありがとうございました。
以前、一般市民の戦争責任や心の中に潜在する差別意識みたいなことをこだわって考えていたこともあるので、この映画はぜひ見てみたいです。
そして、今、私たちは何に対してアンテナの精度を磨いていくべきなのかしっかり考えて行きたいと思います。
今回も勉強資料を具体的にいただきました。頼もしい限りです。
これからもよろしくお願いします。

もちろんSJ情報も楽しみにしていますね。おかげさまでEXOもだいぶわかるようになりました。
おもしろいです。
Posted by TOSH at 2014年01月28日 07:53
だらだら長いレビューになってしまいましたが、見たいと思っていただけて嬉しいです。まだ色んなところをまわっているので、是非ご覧になって、また乾燥もきかせてくださいね!
Posted by なつめ at 2014年02月07日 03:03
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