
『河童のクゥと夏休み』木暮正夫
前評判も高く、夏休みの締めくくりにはいい映画だろう、と思って席も予約して池袋のシネリーブルに行ってきたのですが…。
正直、予想していたよりもずっと「ガツン!」とやられた感じでびっくりしてしまった。劇場にはかなり小さいお子さん連れのお客さんもいたのですが、これテッチぐらいの年齢で理解できるギリギリだと思う。幼稚園児とかじゃ分からないと思う。
冒頭の江戸時代のシーンから、人間の欲望の浅ましさとそこから生まれる悲劇が真っ向から描かれ、この段階で画面の暗さに「コワイヨー」の声が聞こえる。確かに怖い。そして、舞台が変わって現代に移ってからも、さりげないようでいて執拗に描写される「いじめ」のシーン、クゥを追いかけるマスコミや野次馬たちの、やはり身勝手な欲望に満ちた醜い表情は、あまりにリアルです。
この作品の特徴は、おそらくアニメーションだというのに、アニメーションとは思えないほどの細かい演出にある気がする。クゥに人気者の座をとられて面白くない主人公の妹の拗ねた顔、仕事は「微妙ーに」忙しい、という父親の曖昧な表情、主人公の少年が振り向きもせずに旅に出て行く成長した姿に、頼もしさを感じながらもどこか淋しさを隠せず腹を立てたように涙を浮かべる母親…教室の中の、目立たないいじめ、ラスト近くに主人公が宅配便を送る手配をするコンビニの、無表情な店員ひとつにいたるまで、徹底した描写の細かさが、この映画をやたらと長くしている理由の一つなのですが、これをカットしちゃったらこの映画は全然別のものになってしまうと思う。この尺の長さにたじろがず、演出を優先させた監督に拍手。
ストーリー展開も、要所要所に笑いを織り込みつつも、決して甘ったるくない。あらいぐまラスカルとか小鹿物語を期待して観にいくと間違える。けれど、どんなときも、どんな辛い場面でも、クゥのまっすぐな行動力に、胸を打たれるのです。犬の「オッサン」や河童のクゥは、自分たちの行くべき道にまっすぐに向かっていく。その姿が、主人公やその家族にも、影響を与えていくのです。
ラスト、八重山のシーンが見られたときには、この夏の旅の思い出ともシンクロして、ああ、今年この映画を見るのは運命だったんだな、と思ってしまった。
クゥは最後に、やんばるの清らかな川辺でこう祈ります。
「この土地の水の神さま、おらがここにいる間、おらが生きるのに必要なだけの魚をとることをおゆるしくだせぇ。」
ああ、このつつましい祈りは、ほんの少し前までは、我々の中にも生きていたものだったのでしょう。けれど、我々は、生きるのに必要な以上のものを、際限なく欲しては、この地球から、多くのものを奪ってしまったに違いない。その欲望は、自分たち自身をも、傷つけている気がしてなりません。
私が生きるのに必要なだけのもの、っていったいなんだろう?そんな大きな宿題を、つきつけられた気がしました。
いい映画です。子供映画だと思わず、一人でも多くの方に、この映画を観てもらいたいなと思います。


やっぱりいいかー、そうかー。そうかー。
絶対よさそうだと思ってたの、原監督だし。そうかそうか。ありがとう、やっぱり観にいってみることにします。そして見終わったらナナメ読みじゃなくじっくりなつめ評を拝見します。
おおー、是非観てくださいね。予想してたのとは全然違ったけど、でも観てよかった!イロイロなシーンを思い出しては、まだぐっときたり、考えたりしています。本当にたくさんの人に観て欲しいと思える映画です。