2005年07月25日

杉浦日向子『百物語』

今月22日、杉浦日向子さんが、がんで亡くなられたそうだ。
まだ全然若かったのにな。
荒俣宏センセイと一時期結婚していたこともある、この天才漫画家が、
隠居前に書いた短編集。
分厚い新潮文庫になっています。


杉浦日向子『百物語』

季節的にもオススメ本だよな〜と思っていたら、
亡くなったというニュースが耳に飛びこんできて、驚いた。

解説によれば、足掛け8年にわたって雑誌に連載された短編漫画の集成で、
99の怪談話から成る。物語によって、絵柄もずいぶん違う。タイトルだけ見ていくと、
「魂を呑む話」「墓磨きの話」「産怪二話」「人肉を喰らう話」などなど、
いかにも怪談っぽいタイトルもあるんだけど、
どれも西洋の幽霊譚みたいに多経に障るような怖さとはちょっと違う、
不思議な穏やかさがある。
怖ろしさの中にもどこか乾いた、日常性が持続している感じ。

特に好きなのは「盆の話」「人茸の話」「猫と婆様の話」「嫌うもの二話」「フキちゃんの話」あたり。

「盆の話」で、異形の怪物となって盆に戻ってきた母を見た姉娘は驚くのだが、
彼女は鼠の身体に人の頭というグロテスクな見た目にに対して
泣いたり取り乱したりするのではなくて、
そのような浅ましい姿でおそらくは愛人である男鼠となにやら笑いあう母に、
娘として非難の言葉を浴びせるのだ。

情けなやおっかさん。
おとっつぁんに恥ずかしくないのか、
娘がいとしくはないのか。

「盆の話」より


「フキちゃんの話」でも、遊女たちは魂だけのフキちゃんに、
ごく当たり前に話し掛け、小母さんは枯井戸にこもるフキちゃんに、
「どしたィ、何悲しい?」と問いかけながら、握り飯を投げてやる。
怪異は日々の暮らしと一枚の紙の裏表のように溶け合っていて、
人々はそれを呼吸しながら暮らしている。
それがなんとも心地よく、怖ろしい。
「フキちゃん、居るのか、ここに。」と問う客に、遊女は答える。


「モウ居りゃァせん。こないだ小母さんが死にンした。」

『フキは、わっちが連れて逝きやす。』

「たぶん一緒にゆきンしたろう。」

「フキちゃんの話」より



かつて日本人は、こんな風に、
説明のつかないものたちと、同居していたんだ。
そんな江戸の空気を、漢字が読めない黄表紙じゃなくて、
誰でも読める今の言葉の漫画で追体験できるなんて、ちょっといい。
族の定番ホラー映画にも飽きたら、
こんな優しい怪談話のページを繰りながら涼むのもいいと思う。
杉浦さんのご冥福を祈ります。


posted by なつめ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | おとなが読む本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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